ナラティブ・アプローチで考えるウィズコロナ時代のエンゲージメント

緊急事態宣言も東京アラートも解除されたものの、ワクチンの開発にはまだまだ時間が必要なようだし、コロナの収束には、あと2年以上かかるというのが定説になっているようです。

当初思ったよりも長引きそうなウィズコロナ時代ですが、そんな中でも企業のトップマネジメントやマネジャーは目先のビジネスに加えて社員のエンゲージメント(当事者意識や熱意の高さ)を高め続けなければなりません。ここで気を緩めてしまっては、組織が硬直化し、コロナが収束した後の成長のチャンスを捉えられなくなってしまうからです。そこで、ここではコロナと共にありながらも成長し続ける組織をつくるために、私たちは一体、何をすればいいのかを考えてみたいと思います。

これまでにないストレスがエンゲージメントを攻撃している

 エンゲージメントの向上には、「明確な目標・意義」「質のよい人間関係」「チーム意識」「成長意識」を高めることが必須になります。

その中の「人間関係」について考えさせる興味深いデータがあります。警視庁の調べによると、コロナ渦における国内の自殺者は4月が1457人、5月が1501人で、いずれも前年度比で約20%減少したというのです。

 この背景には複数の要因があるでしょうが、外出自粛やテレワークという環境の中で多くの人が会社や学校へ行かなくてよくなり、人間関係の悩みが減ったということが1つの大きな要因とされています。一見喜ばしい傾向のように見えますが、考えてみれば恐ろしいことです。それだけ多くの人が組織の中での人間関係に非常に強いストレスを感じている、ということなのですから。

 6月18日時点での、コロナによる国内の累計死亡者数が937人であることを考えると、私たちはコロナよりも、むしろストレスとの戦いに敗れ続けているとも言えます。このストレスはエンゲージメントの天敵です。今後さらに外出自粛が緩和され、出勤や通学が平常に戻ればさらなるストレスの増加が懸念されます。

自分の解釈を一旦脇に置く

 埼玉大学経済経営系大学院准教授の宇田川元一氏による、『他者と働く』(NewsPicksパブリッシング)という、職場での「ナラティブアプローチ」について書かれた良書があります。

 本書では「ナラティブ」の定義を一般的な「物語」ではなく、「解釈の枠組み」として紹介しています。

 人はだれでも自分ならではの「ナラティブ」を持っています。そして、他者が自分と全く同じ「ナラティブ」を持っているということは決してありません。それなのに、みんなが自分と同じように解釈するものだと思い込んで人   間関係や組織を作ろうとすると、いい企画なのに他の部署が協力してくれないとか、部下がまったくついてこない、といった問題が引き起ります。こういった問題は一般的なノウハウやスキルでは解決できない「適応課題」と呼ばれています。

 「適応課題」には4つのタイプがあります。

  1. ギャップ型:大切にしている価値観と実際の行動のギャップ
  2. 対立型:それぞれのコミットメントが対立する
  3. 抑圧型:空気を読むなどして、言いたいことを言わない
  4. 回避型:痛みや恐れから、本質的な議論や取り組みを避ける

こういった課題を解決するには、自分と他者の「ナラティブ」の違いに気づき、その間にある「溝に橋を架ける」ということが必要になってきます。「溝に橋を架ける」ために、具体的には次のような4つのプロセスを踏むことになります。

  1. 準備:己のナラティブにとらわれている自分と相手との間にある溝に気づく
  2. 観察:溝の向こうの、相手のナラティブを観察する
  3. 解釈:橋を架けて相手のナラティブに飛び移るためにどんな橋を架けるべきか設計する
  4. 介入:橋を架け、新しい関係性を築く。うまくいかなければ別の橋を試す

 このプロセスを試行錯誤しながら続けることによって、組織は反脆弱的になり、様々な課題や困難に直面すればするほど強くなるような体質をつくることができるのです。

 要するに、不満や不信に染まった自分のナラティブを一旦脇に置いて、相手と向かい合って対話をすることが大切なのです。これが「質のよい対話」をするということです。「質のよい対話」をすることによって、自分のナラティブの偏りにも気づき、自分自身の成長を促すことにもなります。

いつの時代も「人の身になって考える」という、簡単そうでとても難しい課題に悩んできた

 企業ではまだ余り知られていないナラティブアプローチという手法を紹介している『他者と働く』はとても興味深い書籍ですが、このような「質のよい対話」の大切さは、70年代から訴え続けられてきたものでもあります。

 2018年に日本で出版され話題になった「ティール組織」(フレデリック・ラルー著;英字出版)の原型である、「インテグラル理論」を提唱したアメリカの哲学者ケン・ウィルバーは、90年代に「3-2-1プロセス」というテクニックを紹介しています。

 「3-2-1プロセス」とは、「3人称」「2人称」「1人称」と視点を移ることで、他者との関係性を良質化できるというもので、ウィルバーは次のようなステップを紹介しています。

3人称としてのそれ:「彼・彼女」を主語として、客観的にその人のいい所、悪い所(特に悪い所)を記述する

2人称としてのあなた:「あなた」を主語として、同じ人に対して語りかけ、そこでの対話を想像し、記述する

1人称としてのわたし:相手の立場に立って、「わたし」を主語として、相手の気持ちを想像して記述する

私も試してみましたが、時間をかけてちゃんと想像し記述することが大切で、そうすると自分でも意外な、「自分と相手のナラティブのギャップ」が浮かび上がってきます。私はこれを実践することで、相手との関係性を改善するための多くのヒントが得ることができました。

このような、人間関係構築のためのテクニックは、これまでにもいろいろなものが紹介されてきています。

拙著『シニアの品格』(小学館)でも引用している、向かいの椅子に坐っている相手を想像し、対話をしたり相手の椅子に坐ってみたりすることによって相手の気持ちを味わう、ゲシュタルト心理学の「エンプティ・チェア」というテクニック。そして70年代に「エンプティ・チェア」を進化させたNLP(神経言語プログラミング)の「ポジションチェンジ」を使った一連のテクニックもあります。これらはいずれも「相手の身になって考えなさい」という簡単なようで実はとても難しい注文に対して、想像力と柔軟性によって「質の高い対話」を実現し、人間関係を健康的で生産的にするテクニックです。

宇田川氏は『他者と働く』の中で、「ナラティブ」という視点でこれまでの人間関係についての研究成果を再構築したということもできると思います。

いずれにしても、やはり「人間関係」というものはいつの時代も最もストレスフルなものであり、人間はこれに対してどう対処するべきか、ずっと悩み続けてきたということです。

ウィズコロナ時代にこそエンゲージメント調査を

ストレスの負荷が急増すると思われるウィズコロナ時代においては、リーダー、マネジャーには人間関係のストレスを軽減してエンゲージメントを高めるための「質のよい対話」を創出することがこれまで以上に求められます。これまでエンゲージメントについては後回しにしてきたリーダー、マネジャーも、今や待ったなしの時代です。これを契機に本気でエンゲージメントの向上に取り組む必要があるでしょう

「質のよい対話」を創出するということは、メンバーがお互いに「相手の身になって」考え、感じる組織をつくるということに他なりません。

そのためにすべきことの一つとして、エンゲージメント調査の実施があげられます。

ウィズコロナ時代にはエンゲージメント調査がこれまで以上に重要になります。リモートワークが部分的あるいは全面的に続き、各人が先の見えない環境の中で様々な悩みを抱える中、日頃対面しないメンバーがどのように感じているのかということはとても重要な情報となるからです。

しかし、情報を集めるだけでは何にも変わりません。これまでだったら、しっかりと対面のワークショップを開催し、そこで調査結果をもとにメンバーとの双方向の対話をしっかり行うことが奨励されるのですが、しばらくの間はそれが難しくなるでしょう。

そうすると、まずするべきことはリーダー、マネジャー自身が「相手の身になって」考えることを、コーチングなどによって身につけ、そこで得たスキルをメンバーとの個別のオンライン面談で実践するということになります。

オンライン面談で問われる言葉の質。リーダー、マネジャ-は「対話力」「言葉力」を鍛えよう

オンライン面談では、言葉の質が問われます。ここで言う「言葉力」とは、傾聴していることを言葉で示して心理的安全性を高めたり、相手の視点を拡げる効果的な質問をしたりすることです。

対面だったら表情、ジェスチャーや雰囲気でカバーしたりごまかしたりできていたことが、オンラインでは難しくなり、言葉に対する依存度がぐっと高くなります。リーダー、マネジャーはそこを理解し、「質のよい対話」を維持するための「言葉力」を磨き実践しなければならないのです。プロのコーチとの対話は、リーダー、マネジャーの言葉力を磨くよい訓練にもなるので、おすすめです。

一方、この時期はこれまで話し下手だったり面談が苦手だったりした上司にとっては逆転のチャンスです。手元に質問のメモを置きながら話すことも出しますし、相手のいないPC画面の前で自分の顔を見ながら練習することもできます。これまで、豊かな表情で自然に部下の心をとらえてきた上司にとっては、改めて自分の言葉を洗練するべき時でしょう。

各リーダー、マネジャーがこの時期に「言葉力」を磨いて「質のよい対話」を定着させることができれば、組織の人間関係は改善し、エンゲージメントは大きく向上するはずです。そうすれば、あなたの組織はアフターコロナにやってくるチャンスをしっかりとつかみ、他社に大きく差をつけるほどの成長ができます。

したがって、ウィズコロナ時代は、しっかりとエンゲージメント向上のためのコミュニケーションを心がければ、組織をこれまで以上の次元に高め成長させる大きなチャンスだということができます。

リーダー、マネジャーの皆さんは苦境の中でも、「言葉力」によって「質のよい対話」を築き、アフターコロナの時代の大いなる可能性をつかむために備えて頂きたいと思います。